京都三千院

  
 
■TOP
■起源
■歴史
■天台門後
■隠棲、融通念仏
■移転と改称
■色々
 
■厳選リンク
■相互リンク
■相互リンクについて
■お問合せ

隠棲、融通念仏

大原は古くから貴人や念仏修行者が都の喧騒を離れて隠棲する場として知られていた。

文徳天皇の第一皇子である惟喬親王(これたかしんのう、844年−897年)が大原に隠棲したことはよく知られ、『伊勢物語』にも言及されている。

藤原氏の権力が絶大であった当時、本来なら皇位を継ぐべき第一皇子である惟喬親王は、権力者藤原良房の娘・藤原明子(あきらけいこ)が産んだ清和天皇に位を譲り、自らは出家して隠棲したのであった。

大原はまた、融通念仏や天台声明(しょうみょう、仏教声楽)が盛んに行われた場所として知られ、天台声明を大成した聖応大師良忍(1073年−1132年)も大原に住んだ。



Copyright(C)京都三千院 All Rights Reserved.